門人と寝起きを寝起きを共に涵養斎 解  説
種別 <史 跡>   宮原に涵養斎塾を開き、三千数百人の子弟を教育したと言われている杉本彦治氏は、天保13年(1842年)8月7日、植木町宮原に生まれた。和魂漢才の実直な教育者、尊皇思想宣楊の師としてその生涯を文教に捧げた人である。
 明治18年公職を辞し、自宅を教場とし、月謝もとらず、清貧に甘んじ、後で建てた塾舎も自費でまかなっている。
 時の文相森有礼が宮原を通ったので塾生と沿道に出迎えたが、森文相は馬上から見下しながら通り過ぎようとしたので「汝が文相なら俺も教育者だ。業を休んで出迎えたのに無礼きわまる」と大声でどなりつけ、森文相を謝らせた逸話は有名である。
 杉本彦治氏は「修身論」を著して、元田永孚氏に進言し宮内省に献上、また、日本婦道を説く「婦鑑」を著し、皇后陛下に献上している。
  
所在地 宮原字宮原(涵養斎塾跡)
【「いろは歌解説書」より引用】
 著:大橋幸雄氏


いろはカルタ 【も】
読み札 取り札
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