| て | 天然の守り厳しき内空閑城 | 解 説 |
| 種別 | <史跡> | 内空閑氏は山本郡最大の豪族である。内空閑は内古閑とも書いている。内空閑氏は藤原氏の流れをくんでいる。鎌足16代の孫、実基は伊賀国服部荘地頭に補せられ上野城に居り服部性を名乗った。その5代の孫の基貞は明徳3年(1392年)に菊地氏を頼って肥後国に下向し、山本郡に550町歩を賜わり山元郡内古閑村(内区)に居をかまえ内古閑の性を称した。 この城跡を城の越(古跡)と呼び、公園として永年内空閑顕彰会によって管理されていたが、昭和57年に内区に移管されている。以来、4月3日を祭り日として定められている。当日は区役で公園の清掃を行い、その後、内空閑氏の遺徳をしのび小宴が開かれている。 |
| 所在地 | 内 字小塚迫 | |
![]() | ||
| 【「いろは歌解説書」より引用】 著:大橋幸雄氏 | ||
| いろはカルタ 【て】 | |
| 読み札 | 取り札 |
![]() |
![]() |
| (C)yukio.oohashi | |