埋原の亀踊りゆく野路に雨 解  説
種別 町指定<民族>  (埋原亀踊保存会)
 慶長年間(1596年〜1614年)加藤清正は松野武平をこの地に配して、熊本の西の守備を固めた。毎年繰り返す旱魃に、松野武平は亀を造らせ那知川の水源にある妙見様に参拝し、雨を乞い農民の福利に寄与したと伝え、その後も亀踊りは雨乞いや、祝い事に作り踊られたといわれている。昭和4年以来断絶していたが、数年前より復活した。
 現在、先導1名、付き添え2名、亀に約20名、噺子14名(笛9名、三味線4名、拍子木1名)、踊手約40名で構成されている。
    出 典  蘗(山鹿鹿本広域情報誌)より 
所在地 轟字埋原
【「いろは歌解説書」より引用】
 著:大橋幸雄氏


いろはカルタ 【う】
読み札 取り札
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