大石をしるしの支石墓古代墓 解  説
種別 町指定<史 跡>  支石墓は、約2,000年前縄文時代の末期から弥生時代中期にかけて主として北九州地域に作られたもので、大きな上石(うわいし)を標識として埋葬地の上部に据える墓制である。
 支石墓上石の石材は、木葉変成岩(蛍石)で、縦長の五角形をしており、上石の中央部は屋根型に稜線が走り、南側から見ると亀が首をもたげた状態になっている。
上石の周囲は粗い加工が施されており、上石の縦の長さは1.51m
最大幅1.50mで厚さ19cm、南北の比高は12.5cmで、ほぼ水平を保つように据えられている。変成岩の質量を30とすると重量は2トン〜2.5トンと推定される。
 一帯は慈恩寺経塚古墳の存在から、古墳時代の5世紀前半に
稲作を基盤とした大きなムラが存在し、稲作の生産力を背景にした権力者がいたと思われる。
 出典  「植木町田底支石墓測量調査」より
 駐車場 山城ゲートボール場横に駐車可能
所在地 田底字山城、平畑
【「いろは歌解説書」より引用】
 著:大橋幸雄氏


いろはカルタ 【を】
読み札 取り札
(C)yukio.oohashi